中学3年の授業中。
黒板を見ていたら突然、左目の奥がズーンと痛くなった。
眼科に行くと、視力の左右差が原因だと言われました。
メガネを作れば痛みは治まるとのこと。
「目は良くならないんですか?」と不安な気持ちで聞くと、
「目は良くならないよ。でも大丈夫、そのうち右目も悪くなって、
左目に追いつくから痛みはなくなる」との答えでした。
「ガーーーーン!」
先生は誠実に現状を伝えてくれたのかもしれない。
事実、その後先生のいう通り右目も悪くなった。
でも、この身も蓋もない言い方は、中三の私にはかなりショックでした。
そしてもう一つ、がっかりしたことがあったのです。
当時夢中になっていた剣道です。
相手の目の動きが見えなくなって、
「これでは強くなれない」と思ったのです。
当時の私は、相手の目が一瞬どこを見たかで、次の技を読んでいました。
剣道は目が大事、そう信じていました。
でも今から思えば、あの考えは根本的な勘違いだったのです。
「どこを見るか」——武蔵の変遷
宮本武蔵は、24歳のときに書いた『兵道鏡』でこう言い切っています。
「目の付けどころは顔なり。面を除け、余の所に目を付けることなかれ」
顔を見ろ、と。はっきり言い切っています。
ところが晩年の『五輪書』では、武蔵は自らその主張を否定しています。
「他流では目付と称して敵の太刀に目をつけよ、
または顔、足などに目を付けよという教えがあるが、
このようにとりたててどこかに目を付けようとすれば、
それに惑わされて兵法のさまたげになる」
24歳と晩年で、武蔵の主張は真逆になっています。
六十数回の真剣勝負を重ねた末に、武蔵が辿り着いたのは
「どこかを見ようとするな」という境地でした。
では何を見るのか。
「観の目は心で全体を把握することを意味する。
敵の動きを知りつつも、その動きに囚われないことが重要である」
相手だけを見る「見の目」ではなく、場の全体を捉える「観の目」。
「遠い所を近く見、近い所を遠く見る」という逆説的な視線の置き方です。
脳科学が裏付けること
これは精神論ではありません。
私たちの視覚には二つのモードがあります。
フォーカル視覚とアンビエント視覚です。
フォーカル視覚は「パルボ系」といわれ、
色・形・細部をゆっくり精密に処理します。
アンビエント視覚は「マグノ系」といい、
動き・空間・間合いを高速に処理します。
相手の目を「見よう」とした瞬間、
脳はフォーカル視覚に切り替わります。
細部を読み取るモードに入る。
そうなると、相手全体の動きを捉えるアンビエント視覚の感度が落ちてしまうのです。
武蔵が晩年に否定したのは、まさにこの「フォーカル視覚への囚われ」でした。
つまり「観の目」とは、アンビエント視覚を意識的に使う技術だったのです。
15歳の勘違い
メガネをかけてから、相手の目の動きが見えなくなった。
でも実際は、相手の目を見ようとしていたこと自体が、すでに間違いだったのです。
目が悪くなったというより、そもそも見方が間違っていた。
もし15歳の私が「観の目」のさわりだけでも知っていたら、
あの絶望は少し違うものになっていたかもしれません。
武蔵でさえ、それに気づくまでに六十数回の真剣勝負が必要でした。
中三の私が知らなかったのは、仕方がないな。
この「観の目」の感覚—場の全体を柔らかく捉えるアンビエント視覚の使い方は、
剣道の稽古場だけでなく、視覚OSをアップデートする上でも、重要な核心となっています。
「観の目」の感覚を、日常の視覚習慣に落とし込んだプログラムがあります。

